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3月27日 土曜日
改築中のアルアマルろう学校の隣の授産施設(3月13日のレポート参照)に、パレスチナキャンプへ届けるための衣類を買いに行く。施設に着くとちょうど2台の米軍車両がすぐ後からやってきた。何やら尋問かと思い聞いてみると、アルアマルの子どもたちにアメリカからのギフトを持ってきたということで、荷台にはおもちゃや古着がたくさん入ったダンボールが積み込まれていた。

責任者の兵士ダニーさんはとても紳士的な方で、気さくに質問に答えてくれた。バグダッド陥落直後、遺体の回収作業を手伝う際に許可をくれて握手を交わした清々しい米兵を思い出す。イラク入りしてからまだ2ヶ月で、あと一年はいるそうであるが、状況は以前より良くなっているので特に問題はないと言う。兵士とはいえイラク人に好かれてもらうための活動をしているためか、これまで見たぴりぴりと緊張した面持ちの兵士とは違いどこか表情に余裕がある。子どもたちに贈り物をする一方で、あなたたちが落とした爆弾によって傷ついた子どもたちがいるということをどう思うかと聞いてみると、確かにそれには心を痛めているが、これからのイラクの子どもたちのことを考えれば、全体としてはやむをえないという答えであった。米軍の攻撃により傷ついた人々に対する補償はすべきだと思うかという質問には、それは私の答えられる範疇を超えていると言ってさりげなくかわされた。

授産施設で子ども服中心に衣類を購入したが、パレスチナキャンプ60家族のうち子ども170人分全員にいきわたるほどの在庫はなかった。3ヶ月前に唯一の契約が切れてからほとんど生産していないからだ。以前は国旗や軍服の生産が中心で、諸官庁からの注文が絶えず大忙しだったが、今では市場経済に放り出されて輸入物にはまったく歯が立たない、というより、全くあきらめてしまっているようにも見える。今回一時的な処置としてまとめ買いして衣類が不足しているパレスチナキャンプに贈るということにしたが、今後は彼らが自分たちで契約をとって仕事ができるようにならなければならない。商品のリサーチから新デザインの開発、そして営業にいたるまで、これまで経験のないことをやっていくのは確かに大変であろう。治安が悪くて契約をとりに行くにも大変だといっていたが、とてもその気があるようには感じられなかった。仕事がないため従業員は3ヶ月無給でも、マネージャーは労働省からしっかり給料をもらっているというところにその原因があるのかもしれない。

パレスチナキャンプ「ハイファクラブ」に衣類を届ける。事務所で責任者のQ氏に、キャンプの子どもたち全員分は買えなかったことを詫びると、とにかくパレスチナ人のことを気にかけてくれているだけでもありがたいと感謝された。昨年パレスチナに行ったときにも、そしてHUMAN SHIELDSとして戦時下のイラクで過ごしたときにも聞いた言葉でもあるが、「世界から孤立していない、仲間がいる」ということを知ることが、何よりも嬉しいことなのかも知れない。

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