(03/26)
3月26日 金曜日
PEACE ONマイクロバスの前のオーナーであるMさんのいとこが、ナツメヤシの農家もやっているので話を聞こうと訪ねに行ったが、あいにく一家でファルージャに行っていて留守だった。
夕暮れ時、街の喧騒から離れ、一人チグリス川のほとりで夕日を眺める。釣り糸を垂れていたおじさんが私を隣に招いてくれたが、まだ一匹も釣れていないようだった。おじさんは胸から十字架のペンダントを出して、米兵に尋問されたときもクリスチャンだからあまり悪い扱いは受けなかったと言っていた。そしてこれからバグダッドは良くなる、サダムの時代はひどかったと言って、右腕や左腹部に刻まれた数年前の拷問の傷跡を見せてくれた。
砂嵐と共に朱に染まりゆく恐怖、身を焦がすほど熱く火照った欲望、目も眩む変化への戸惑い、満ちていく月の光に溶ける快楽、満天の星の下に一人立つ孤独、砂塵にまみれる焦燥と不安、地平線の彼方蜃気楼のように浮かんでは消える希望と絶望。この大河は古の昔から、この地に生きる人々の様々な想いを映し出し、ゆるやかに包み込みながらとめどなく流れ続けている。どの想いも一時も留まることは許されない。全てが大いなる流れの中に溶け込んでいき、再び新たな流れと共に様々な想いが生み出されていく。感極まる瞬間を永遠に留めたいという人間の切なる願いは芸術を生むが、決して永遠に到達することは出来ないだろう。それでも流れは絶えることがない。
結局魚は釣れなかったが、明日も明後日もおじさんはここに座っているという。
PEACE ONマイクロバスのドライバーのHと彼のおじさんのHさんが、家庭の事情でドライバーを続けることが出来なくなってしまったので、新しいドライバーと契約を交わす。アルヌーア盲学校用には元タクシードライバーで25歳のY、そしてアルアマルろう学校用には初代PEACE
ONバスドライバーのBが復活。