(03/13)

3月13日 土曜日
AL-AMALろう学校に挨拶に行く。現在学校はアメリカのARTという組織の援助によって改築されていて、隣接しているろう者が手作りで衣類等を製作している施設の2階を間借りして授業が行われていた。2月から工事が始まっていて、あと一ヶ月ほどで完成するらしい。

幼稚園部から中学部まで、昨年10月に訪れたときに比べるとずいぶんたくさんの子どもたちがいた。1月に日本平和委員会の布施祐仁さんがサラマッドと一緒に発電機を届けに訪れたときには、バスがないため学校に通えない子どもたちは208人中55人ということだったが、今ではそうした子どもたちは26人まで減っているという。どこかのNGOがバスを寄付したのだろうかと思って聞いてみると、どうも何人かはバスにお金を払って通学しているらしいのだが、お金のない家庭はなんと配給の食糧まで売ってそのためのお金を作っていたり、先生方が協力してお金を集めて回っていたりしているのが実際のところで、やはりPEACE ONバスプロジェクトはとても助かるとのことだった。

労働省からは先生方の給料しかもらっていないので、相変わらず備品等は不足している。以前より生徒が増えた分特に机が足りないらしい。確かに見て回ったら椅子と高さがあわない食事用のテーブルで窮屈そうに勉強している子どもたちも多く見かけた。それでも子どもたちはとにかく元気いっぱいで、皆から「I love you」を意味する手話のサインを浴びせられて妙に嬉しくなってしまった。

1階に降りて、ろう者が作った衣類等が展示されている部屋で話を聞くと、以前はサダム政権時代から引き続いて労働省との契約があり給料がもらえていたのだが、あとは自分たちで売るようにと3ヶ月前にその契約も切れてしまい、全員で60人ほどいる従業員はそれから全く給料がもらえていないという。いくら市場は活気付いてきたとはいえ、輸入品ばかりが売れるようになっていて、彼らが作るような製品は逆に売れなくなってきているのだ。あとは自分たちで売るようにと急に言われてもどうしようも出来ないと切実に訴えていた。手作りの洋服を見ると色とりどりのかわいらしい子ども服中心に、パジャマ、ワンピース、クッション等いろいろある。価格は高くても一枚700円程度なので、今度集める募金で衣類を購入し、現地で必要としている方々に寄付するというプロジェクトはどうだろうと話し合った。

引き続きAL-NOOR盲学校へ。Aさんという方が新しくマネージャーになっていた。労働省や他のNGOからの援助、並びに交通手段がないために通学できていない子どもたちの状況はAL-AMALとさほど変わらない。しかし前回の支援時にPEACE ONが用意したバスに異変が起きているようだ。どうやらあまりに故障が多いため学校に来られない日が多く続いているという。新ドライバーのAがお昼頃子どもたちを送るためにPEACE ONバスでやっては来たものの、乗っていく子どもたちの数は数人である。どうやら頻繁に故障するのでだんだんPEACE ONバスに乗る子どもたちの数が減ってきているというのだ。アイアッドに聞くとここ最近故障がひどくなり、本格的に修理に出す必要があるという。週4日ほどは行けるのだがバスに乗る子どもたちは4,5人になってしまったらしい。

もともとあまりスピードが出せず、時間内に回れる地区が限られていて、折角の大人21人が乗れるバスでも一度にそれほどたくさんの子どもたちは乗せられないということで、マイクロバスに替えてほしいと最近言われてはいたそうだ。確かにこのタイプのバスはよく故障するとは聞いていたし、しかも1980年モデルと古いのでなおさらかもしれないが、前回の予算ではあのバスを買うのが精一杯だった。それでも何もないよりはましだろうと思い用意して、しばらくは役に立っていたのだが、ついにここで力尽きたかもしれない。ドライバーも午前の送迎の後はバスを使って働けるはずであったが、故障が多くてそれどころではなかったらしい。子どもたち、支援者、そしてドライバーに対して、とても申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。

サラマッドと話し合った結果、AL-NOOR通学用は今回購入したマイクロバスに交換することにして、初代PEACE ONバスは修理に出し、その後別の施設用に使うか、もしくは下取りに出すことにした

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