(03/06)
3月6日 土曜日
常岡さんも同行してカルバラにトラックを届けに行く。カルバラまでのトラックのドライバーはサラマッドのいとこのフォリスにお願いした。幹線道路に出るまでひどい渋滞だったが、どうやら米軍がまた道路を封鎖していたらしい。「爆破事件でもあったのか?」と聞くと、「ブレマーがランチにでも行くんだろ」とサラマッド。そういえば先日ラムズフェルド米国防長官がバグダッドに滞在していたときもあちこちで道路が封鎖されていてひどい渋滞だった。
道中カルバラの電気事情などを聞いてみると、カルバラに限らずどこも間違いなくバグダッドよりはいいという。南部ナシリアにイラク最大規模の発電所があって、戦前はサダム政権がそこから電気の大部分をバグダッドに引っ張っていたそうな。政権崩壊後は満遍なく南部にいきわたり、逆に発電所の少ないバグダッドは電力不足に悩まされるようになったというわけだ。
カルバラに到着。市場では木製の手押し台車を押している人を多く見かける。先日大規模な爆破テロがあったばかりだが、一見そのような雰囲気はまるで感じられない。知的障害者施設、アルハナンハウスAl−Hanan
House に着くと数人門の前に集まってきた。施設入所者55人中35人ほどが重度の障害をもっているという。何人かはサラマッドが一月に贈った洋服を着ているようだ。3時頃に到着したのだが、マネージャーはもう家に帰ってしまったらしく、数人の職員と警備員、そして警察官がいるだけであった。
このカルバラプロジェクトは秋貞さんが昨年この施設を訪れた際に依頼を受けたもので、今回PEACE ONが支援を委託された形になっている。これまでもつなぎとして食料や衣類などをサラマッドが届けてくれていて、今回は念願だったトラックを届けにきたわけだ。施設には車がないため食料等買出しの際にはいつも別に車を頼まなければならないそうで、その都度お金かかるのでぜひともトラックが欲しいということだったらしい。しかし施設のマネージャーがいないのにただ車だけ置いていくわけにはいかないので、マネージャーと連絡つかないかと聞いてみると、しばらくしてこのカルバラ一帯の七つの福祉施設等を統括している本部事務所のマネージャー、アリ氏が現れる。本部のマネージャーが来たなら話が早いと思いきや、どうも様子が違う。まるで歓迎している様子がないのでおかしいなあと思っていたのだが、当施設のマネージャーとの連絡がまるで行渡っていなかったらしい。寄贈先、車の運転者、管理、維持費等の問題で調整が必要となってしまったので、一度日本の支援者に相談のうえ出直すことになってしまった。
こうした本部と現場との乖離は以前サラマッドから聞いていたので、PEACE ONバスプロジェクトではドライバーもこちらで用意し、管理維持等もこちらが請け負うことで現場の負担を軽くして、なおかつ出来るだけ支援が子どもたちのためになるよう努めてきた。本部の要求どおりにすると、支援が本部に集中して子どもたちのためには使われないケースが多いためだ。このカルバラプロジェクトではドライバーをこちらで用意するというところまでは話し合われていなかったため、多少心配してはいたのだが、その心配が現実になってしまったようだ。バグダッドならサラマッドの友人が多いので信頼できるドライバーを見つけるのも簡単なのだが、ここカルバラではそう簡単にはいかないのだ