(02/28)

2月28日 土曜日
美術学校の近くのへワードギャラリーを訪れる。先日麗奈さんが立ち寄ってとても気に入った絵があったらしく、その絵を購入する約束をしていたらしい。テラスでお茶をご馳走になりながら、画家でギャラリーのオーナー、カッシムさんがこのギャラリーのことからイラクのアートの歴史の流れまで説明してくれた。経済制裁下の1994年にギャラリーをオープンし、このたびの戦争まで100回、バグダッド陥落後は9回の展覧会を開催したということだ。メソポタミアの古代文明から続くこのイラクのアートの流れは、チグリス、ユーフラテス川と同じく、歴史の源から現代の文明までとめどなく滔々と流れ、全人類の未来に向かって続いている。

ギャラリー内を歩いていると一枚の絵を前にしてふと足が止まった。グレーとゴールドを基調としたダイナミックな抽象画で、左下には四角い渦巻状のシンボルがあり、その周囲からは吸い込まれてしまいそうな色彩の調和があり、ひときわ美しい光を放っていている。ぼんやりと一人魅了され、恍惚として立ち尽くしているとサラマッドがこの絵を描いた画家を紹介してくれた。ラマディ出身のハニ・デラ・アリ-Hani-Dela-Aliさん35歳。なんと麗奈さんが絵を買う約束をしていた画家であった。絵の中央から下をくまなく見ると、太陽の下で数本のナツメヤシが屹立し、左脇では子どもだろうか両腕を天にかざしている姿がグレーのマチエールに刻み込まれている。聞くと四角い渦巻状のシンボルはイラクの民間伝承から取り入れたものらしい。一見混沌とした光と闇の閾の彼岸に、古代の知恵を汲み上げた子どもが未来へと放つ希望の光、そうした存在の美しさを感じさせる光の表現。もう一枚の麗奈さんが買うことになっている絵は、大きく横に傾いたナツメヤシの下に古代の民がやわらかい光に包まれ守られているようだ。最古の文明の歴史の上に強固な足場を持ち、子どもたちに未来を託すその光は強く、暖かく、存在の悲しみをやさしく浄化させてくれるような、そんな生命の輝きを惜しみなく表現しているようだった。

気が付くとすっかり彼の絵の虜になってしまい、購入を決めた。その後ハニさんのアトリエにお邪魔して、麗奈さんとの共同制作が始まる。時々意見交換をしながら、またハニさんの4人の子どもたちと遊びながら、暗くなるまで絵のセッションは続いた。サダム時代には、彼がバグダッドで絵を描き続けることどころか、ラマディからバグダッドに来て住むこと自体が困難だったらしい。サダムは決して芸術家を弾圧していたわけではなく、単に暗殺等の脅威を恐れるあまり異常なまでの監視社会を作り出してしまい、彼ら芸術家はそのあおりを食らっただけだとも言っていた。「サダム政権はひどかったが後何年かすれば放っておいても終わっただろう。しかしこの人間に対する尊厳を奪い去る屈辱的な占領はなかなか終わらない。私は芸術によってそうした巨大な力と闘い続けるのだ」という彼の言葉に、静かながらも巨大な意志の力を感じた。

ホテルに戻ると、写真家の森住さんがバスラ出身のイラク人ガイド、T君を連れて来ていた。また、イラク・アート・プロジェクトの加藤さんと白井さんがJVCの佐藤さんといっしょにアンマンから到着していた。

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