(02/27)

2月27日 金曜日
イラク入りしてから寝不足が続いていたのでかなり疲れがたまっている。休日なので午前中はゆっくりと休んだ。それにしてもバグダッドはもうかなり暖かくなっていて、日中は汗ばむほどである。アンマンでの寒さが嘘のようだ。ここしばらくイラクの治安はさらに悪化しているという情報が多かったが、昨年の10月同様市場は活気にあふれているし、淡々と平穏に日々を営む市民の日常がある。夜はやはり時々銃声が聞こえるが、以前よりは減っているように感じる。サラマッドも言っていたが、アリババも減ってはいるし全体として治安は確実に良くなっていると思う。ここ最近、武装勢力が日本人を狙っている動きがあるという話も聞いたが、自衛隊取材のために殺到するメディアを追い出すために誰かが流したデマなのではないかとも思ってしまう。もちろん一見安全だからといって油断してはならない。サラマッドのアドバイスにしたがって行動するのはいうまでもない。

停電は相変わらずだ。4時間電気が来て4時間停電するといったところだろうか。ホテルなど発電機を用意しているところはいいが、10月から全く状況が変わっていない。電話等の通信環境も良くない。携帯電話を使う人が増えているが、通常の固定電話はまだまだ通じないところが圧倒的に多い。以前は通じていたドーラ地区も通じていないので、サラマッドもしばらくメールのやり取りにはインターネットカフェを使っているのだ。

午後は再び志葉君の取材に同行しアルバイサ地区へ。ドーラ地区の近く、チグリス川沿いののどかな農村地域だが、豊かに茂るナツメヤシのおかげでサダム親衛隊の絶好の隠れ家になっているらしい。これまでに何度も米軍による掃討作戦を受けていて、なんと住民約5000人中約100人も米軍に逮捕されている。中には女性や子どもなどまったく関係のない人々も含まれているということで、逮捕時の恐怖がトラウマになり、取材に応じてくれない人も多いようだ。一見平和なバグダッドの日常も、このように一歩外に出ると軍事占領が招く悲劇によって引き裂かれてしまっている。詳しくは志葉君が記事を書いてくれることだろう。

麗奈さんがギャラリーを見たいというので、サラマッドの案内でカラダ地区のギャラリーを覗きに行く。数件回ってどうもパッとしないなあと思いきや、最後に寄ったところでは思わず足を止めてしまった。サダム拘束後に海外のメディア等で話題になった絵だったので知っていたが、拘束時のあのやつれたサダムの肩に数匹のドブネズミが乗っている絵の作者、ウィサム・ラーディ‐Wisam Rady‐という画家のギャラリーだったのである。

あの作品は売れに売れて、今描いているのはもう8枚目だということだった。戦前はやはりサダムの肖像等を何枚も描かされていたそうだが、今ではCPA(アメリカ暫定占領当局)ご用達の画家であり、米軍の家族の肖像画なんかも描いている。サダムとドブネズミの絵は話題性先行であるが、カリカチュア(戯画)を得意とする彼の作品の多くに魅了された。

サダムに対するちょっとした冗談を言ったのがきっかけで、ウィサムさんは1996年になんと20年の懲役を宣告されてしまったという。幸い特赦によって1年半で釈放されたが、そうした個人的経験もあってか、とにかくサダムが大嫌いな人で、取材等でもサダムに好意的なメディアがいるとすぐ追い出してしまうらしい。なんと以前付き合っていた彼女がサダムの息子のウダイに拉致され、薬物漬けの挙句に性の奴隷にされたことがあったらしく、その話をした後、当時を思い出してしまったのか、彼の右目から一筋の涙が零れ落ちた。やがて感極まって泣き続ける彼を前に、私はしばし声をかけることすら出来ず、彼の苦悩、叫び、悲しみを、出来るだけ深いところで、受け止めるだけで精一杯だった。

最後に見せてくれた絵は、サダムによって集団処刑され、埋められた無数の遺体の顔がひしめき合う姿を描いたもので、サダムの残虐性を徹底的に告発したものだった。彼はあのイラク戦争を心待ちにしていたというイラク人の一人である。アメリカの戦争も、サダムの圧政も、共に人間性を破壊するものであり、前回の滞在でも身にしみて感じたことだが、イラクに住む人々の中で、どちらの暴力によってどのような影響を受けたかによって、一人ひとり全く意見が違ってくる。日本からアメリカの戦争に反対し、ついにイラクまで来て戦争による暴力を身体のレベルで知った自分も、独裁政権による暴力についてはあまりにも無知であったと思う。全ての暴力に反対する立場をとる私にとって、今、彼らの経験を深く心に刻み込む覚悟が問われているのかもしれない。

上記の絵は麗奈さんが購入。私はイラク兵士が戦争に疲れ果てている様子を描いたAli-Shinawa氏の作品を購入

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