
カーシム・サブティー個展は、東京と京都の2箇所で同時開催しました。
銀座の画廊と、禅寺と。全く趣の異なる展覧会となり、なんとも贅沢。カーシムもご満悦でした。
その京都会場となった、妙心寺の春光院について。
妙心寺はいわずもがな、臨済宗妙心寺派の大本山。日本最大の禅寺です。
来年はご開山650回忌にあたり、全国各地の博物館で大規模な「妙心寺展」が開催されます。

*2年前に来日したシルワン・バランとハニ・デラ・アリも訪れました。
広大な山内には約50の塔頭があります。あの龍安寺は境外塔頭に数えられます。
その塔頭の一、春光院。
ふだんは非公開ですが、今回カーシム個展のために特別に協力してくださいました。
下見のご挨拶に初めて訪れた時、あまりの素晴らしさにわたしはサブイボがたちました。このたびの展覧会にも、「(非公開の文化財を)日ごろ見せてもらえへんから」といらしたかたもあったほどです。
青銅の釣り鐘「南蛮寺の鐘」は、重要文化財に指定されています。
ポルトガルからイエズス会がもたらしたものといわれています。数百年の間に、京のキリスト教会堂から仁和寺、そしてここ春光院へと移ってきました。戦時中は地面の下に隠されたといいます。
襖の引き手にも、ひっそりと十字架があしらわれています。
方丈前庭は、伊勢神宮をかたどっています。伊勢湾、それから夫婦岩なども見えます。メインのお庭が神道形式である仏教寺院は、日本で唯一だそうです。


そのお庭から眺められる方丈襖絵は、京狩野派の狩野永岳の筆による金箔画です。
花鳥の四季をあらわした絵には、ほかの花々にまぎれるようにしてキリスト教を象徴する白百合と白薔薇が。隠れキリシタン大名の意向でしょうか。

*11月29日のトークは、お庭と襖絵を眺めながらの至福のひととき。いつの間にか、車座に。
展示場にさせていただいたお部屋は、淀城の寝所を移築したもの。
冬のお寺ならではの凛とした冷たい空気や背景のほんのりと染め上がった紅葉のお庭もあいまって、展覧会は独特の雰囲気を醸しだします。


*常緑の禅寺にもほのかに紅葉が燃えます。さざんかの白もうつくしい。
仏教のみならず、キリスト教、儒教、神道にもゆかりがあり、英語での座禅や米大学生の研修など国際交流活動も盛んなこのお寺に、イラク人カーシムによって新たにイスラーム教の息が吹きこまれました。

アラビア書道の達人でもあるカーシムは、お寺へお礼を捧げるべく、京都の竹の筆と和紙を用いて、宗教の違い超え敬虔深さを敬えよと諭す預言者ムハンマドの言葉をしたためます。

寺院は元来、公民館的コミュニティ空間としても、文化の発信地としても、「人」と「場」をつなぐ役割を果たしてきました。
それだけでなく寺院はまた、「対話」の場でもあります。歴史のあらゆる場面で、異なる立場の者が寺院に集い対話を重ねたことでしょう。
その心は、対話画廊(ヘワール・アートギャラリー)の主であるカーシムにも伝わっています。
なにより京の人間にとって、お寺はひじょうに身近な場所。
かくいうわたしも、補助輪をはずした自転車をここ妙心寺境内の石畳の道で練習していました。
春光院の副住職は幼なじみでもあります。

この土地の歴史、わたし個人の歴史の地層が、バグダードに踏みとどまりかの地の「人」と「場」のつながりを守ってきたカーシムの作品を通して、イラクと重なる今。
・・・春光院でカーシム展をおこなえたのは、尽きることのないよころびなのでした。
(この続きは、11/29イベント報告にて。近々UPします。)