2010/1/6 水曜日

イラクからの年賀状

Filed under: イラクの友より — yatch @ 20:31:57

一昨年冬に来日したイラク人美術家カーシム・サブティーから、
新年のお祝いコラージュが届いていますのでご紹介します。

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「新年あけましておめでとう
あなた方の幸福、健康、長寿、
そして平和をお祈りします。 カーシム」

イラクの次代を担う若手芸術家のために、
今日もバグダードの画廊を開き続けるカーシム。
いつも冗談交じりのメールで安否を伝えてくれます。
例えば昨年、画廊からわずか100メートル近くで爆破があったときには、

「大丈夫。イラクのアーティストは、
この暗黒の日々のなか、私の光り輝くジョークが必要なんだよ!
まさにここ、ヘワール(対話)ギャラリーにはライフがあるのさ。
私たちは焦げた死体の間に真実を見つけようとしてるんだ。
とても長いドラマだけど、監督が誰かは知ってるからね。」

また、便りのたびに日本の私たちへの感謝と気遣いを忘れません。

「今度の春の選挙が終わったら、ぜひバグダードで会おう!」

とのことですが、本当に、一日も早く、
彼をはじめイラクの友と再会できることを祈って。

كل عامٍ وأنتم بخيرٍ!

2008/5/24 土曜日

イラクのクリスチャンは今

Filed under: イラクの友より — yatch @ 23:02:48

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イスラーム教スンナ派とシーア派の宗派間暴力ばかりが目立って報道されてきたイラクですが、その陰でキリスト教徒の受難も続いています。かつてはスンナ、シーア両派の住民たちが平和裏に暮らしてきたように、クリスチャン(キリスト教徒)もイラクの人口の3~4%と少数派ながらムスリム(イスラーム教徒)と共存してきました。はじめてバグダードを訪れたとき、教会もたくさんあるんだなあと驚いたものでした。イラク占領後の宗派、宗教間暴力は共に、旧政権崩壊後の政治権力闘争が引き金となっていて、やがて一般住民が巻き込まれていくようになったと考えられています

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*写真は2004年8月相澤撮影。PEACE ONバグダード事務所近くのキリスト教会付近の爆破現場。(当時のブログ記事参照

この度、ムスリムである現地スタッフのサラマッド&アマラが、バグダードのキリスト教会を訪れ、孤児院の責任者でもあるシスターから、イラクのクリスチャンの今を聞いてきました。

「教会が爆破されたり、命を狙われたりなど迫害が続き、多くのクリスチャンがイラクから逃れていきました。かつてイラク全土で20万家族はいたというのに、今ではわずか6千家族。多くは北部のクルド人自治区、もしくは他国に避難しています。住む家も仕事も追われ、多くの家族は離ればなれになってしまいました。中には、子どもたち全員、もしくは両親共に失ってしまった家族も少なくありません。

孤児も多く、彼らは殺されるのを恐れて外出できず、働くことも学校で学ぶこともできていないので、教会ではこれまで彼らを支援し続けてきました。しかし私自身も怖くてこの三年間ほとんど教会の外に出ていません。食料などを買いにいってくれるドライバーが無事に戻ってくるまでいつも心配でなりません。病気になったときは、お医者さんに教会まで来てもらうようにしています。イラク人なら誰もがこうした恐怖の中で生きてきたのですが、特に私達クリスチャンは外見によって真っ先に狙われてしまうのです。

爆弾が爆発するとき、そこにいるのがクリスチャンかムスリムかなどわかりません。イラクでは皆飢えと殺戮の恐怖に怯え、助けを必要としています。日本の皆さんの評判はとてもいいです。親切で慈悲深い人々だと聞いてきました。宗教は異なっていても、私たちは皆さんに大いなる平和をお祈りします。そして、お互いが助け合い、また、同じ兄弟である私たちクリスチャンとムスリムたちのことも助けてくれるようにお願いします。私たちは皆兄弟であり、いつだって助け合って生きていくべきなのです。宗教は善き行動のためにあり、命は誰もが持っている権利なのです。」

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殺害や誘拐を恐れて、今ではほとんどの教会は閉ざされてしまい、バグダードのキリスト教孤児院にいる子どもたちはわずか7人。しかも教会の予算の多くが避難した人々のために使われていて、孤児院は資金難に苦しんでいます。そこで、少しでも子どもたちの食費、被服費、学習費に役立ててもらおうと、小額ですがとり急ぎの現金寄付をお渡ししました。シスターによると、こうしてムスリムから支援を受けることで、問題は一部の犯罪者なのであって、住民同士はお互い助け合って生きているという強いメッセージにもなるとのことです。

2008/4/23 水曜日

イラクアートの灯火

Filed under: イラクの友より — yatch @ 23:14:00

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混沌からの光。私とイラク現代アートとの衝撃の出会いはおよそ4年前、バグダードのヘワール・アートギャラリーでした(参考まで当時のレポート)。あれからイラクの治安は極度に悪化し、多くのアーティストが国外に避難してしまったにもかかわらず、ここでは今日もアートの灯火を守り続けています。

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現在バグダードで調査中のイラク人スタッフ、サラマッドがギャラリーを訪れると、ちょうどグループ展が開催中でした。題して、「アートは光の未来 ひとつのイラクのために」

これまで学者、医者などの知識人が多く殺害されてきた中で、アーティストたちの命も同様に狙われ、著名な作家の多くが現在イラク国外で活動しています。私たちが日本に招聘したイラク人画家、ハニ・デラ・アリシルワン・バランも然り。このグループ展では、今イラクに残って活動を続けている若いアーティストが中心で、今イラクの社会を作っている責任ある人々に、アートによって私たちの声を届けようというもの。*そういえば、ギャラリーの名前、「ヘワール」とはアラビア語で「対話」という意味でした。

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アーティストでもあるギャラリーオーナーのカーシム・サブティ(上の写真中央)。4年前初めて出会ったときには、朗らかな歌声と共に私たちに魚料理を振舞ってくれました。あれから殺戮と恐怖の闇に覆われていくバグダードで、停電の時にはロウソクの灯だけでもギャラリーの営業を続けたといいます。彼のこの不屈の魂こそが、イラクアートの灯火を守り続けてきたのでしょう。

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再び見えてきた混沌からの光。イラクアートは生きています。

2008/3/27 木曜日

バスラからの暗雲

Filed under: イラクの友より — yatch @ 10:57:59

25日にイラク南部バスラで起きたムクタダ・サドル師の民兵マフディー軍とイラク軍の大規模な衝突が、バグダードにも飛び火してきたようです。治安改善に驚いていたサラマッドから、今度は以下のようなメールが届きました。

「ムクタダ・サドルが政府関連の仕事のボイコットを呼びかけてから、ここ数日で一気に治安が悪化した。半分以上の店は閉まり、通りはがらがら。昨日はバグダードでも各地で戦闘が多発し、今もグリーンゾーンやカラーダ地区からミサイルの着弾音が聞こえてくる。マフディー軍は、(同じシーア派の民兵)バドル軍、警察、軍の連中と戦っているようだ・・・」

やはり囲いの中でつくられたつかの間の平和では、とても安心などできません。彼らのこともとても心配ですが、引き続き報告がありましたらおしらせします。とり急ぎ。

*バスラのことはJIM-NETニュースが詳しいです。

2008/3/20 木曜日

開戦から5年のバグダード(2)

Filed under: イラクの友より — yatch @ 19:49:57

(前回記事の続き)繁華街カラーダ地区にも行ってみると、やはり以前より治安は回復しているようですが、ドーラのほうが全ての面でよくなっているとのことで、地域によって治安状況にも差が出ているようです。聞いていたとおり民兵による宗派主義暴力も減っているようですが、それは市内各地区が防御壁で仕切られ、住民のすみ分けが進んだ結果でもあるのでしょう。

所用あってあるお役所に足を運ぶと、事務所の中はシーア派指導者のポスターで溢れていたそうで、驚いて家族に告げると、いまやどこの役所もシーアで固められていて、バグダードはほぼシーア派のものになりつつあると言うそうです。例えば教師の就職状況ですが、シーア派ならすぐ採用されるのに、スンナ派だとそれだけの理由でだめだそうで、仕事を得るためにIDなどでシーア派と偽る人々が増えているようです。以前から働いている人にとっても、政府側の政党に属している新人には逆らえないようです。

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シーア派の旗がはためく

あれから5年、コンクリートの壁で分断されたバグダード。暴力の嵐が吹き荒れたあの最悪の時期は過ぎ去ったとしても、壁と共に分断された人々の心はどこへ向かっていくのでしょうか。囲いの中でようやく手にしたこの小さな平和の中で、人々は何を想っているのでしょうか。報告が入りましたらまたお伝えしたいと思います。

開戦から5年のバグダード(1)

Filed under: イラクの友より — yatch @ 19:41:33

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ヨルダン、シリア現地滞在報告が途中ですが、バグダードのサラマッドから写真が届きましたので、開戦から5年後の現地の様子とともにいくつか紹介します。

ヨルダンからイラクの国境越えはかつてなくスムーズ。国境にはわずか5台のGMCのみで、バグダードまでの幹線道路もとてもよく、途中、イラク警察と、新たなスンナ派治安部隊サフワ(覚醒会議)による多くの検問があったものの、多くがとても紳士的な対応だったようです。

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さて驚いたのがバグダード市内。いたるところコンクリートの防御壁だらけ。各地区には入り口がひとつ、イラク軍と警察による検問があり、彼の町ドーラでは入り口を過ぎると100メートルおきにサフワによる検問があるそうです。

町中壁で囲まれていて、サフワには彼の友人や知人も多く加わっていたそうです。さらに驚いたことは、着いたのは夜暗くなってからだというのに、通りは老若男女で賑わっていたこと。若者達はゲームに興じ、イラク軍やサフワのメンバーとも冗談を交わし、なんと米兵すら普通に人々と接しているというのです。

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夜中の銃声もなく、翌朝町に出ると荒れ果てていた道路がすっかり修復されていたそうです。清掃作業員が一軒一軒「ゴミはないか?」と訪ね歩き、毎日道路を掃除するおかげで、町はすっかりきれいになっていたそうです。彼らは壊れた水道や電線も修理していくし、また、イラク軍はガス、灯油などを配っているようです。

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サッカーで遊ぶ子どもたちのはしゃぎ声が響きわたり、お店も夜10時頃まで開いているので町は深夜まで人々で賑わっていて、戦前のサッダーム時代を思い出したそうです。ゴーストタウンのようだった1年半ほど前(過去記事参照)と比べると、とても信じられないと言います。

かつては激戦区だったドーラ地区。このあまりの変わりようはなぜなのでしょう。聞くと、住民はアルカーイダの連中に疲れ果てたというそうです。米軍や他地区からのシーア派民兵と戦っていたアルカーイダは、次第に彼らを否定する住民を殺しはじめ、盗み、強姦までするようになり、その結果町には仕事もサービスもなくなり、ただ殺戮だけが残りました。住民は連中を完全に見限り、米軍の協力を受け始めたというのです。治安回復が著しいアンバール県のケースと似ていると思いました。(続く)

2008/3/14 金曜日

サラマッド&アマラからメッセージ

Filed under: イラクの友より — yatch @ 22:53:06

先日お伝えしましたとおり、フランスに滞在していたイラク人スタッフのサラマッドと妻のアマラは無事イラクへの帰国を果たし家族と再会できました。これから現地調査の上、バグダードでの支援活動を再開する予定です。

アンマンでの打ち合わせ後、二人からもらったみなさまへのメッセージ(原文は英語)を紹介します。

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これからイラクの家族のみんなに会えること、そして私たちの国の人々、子どもたちを助けることができることを思うと、ほんとうに幸せな気持ちでいっぱいです。

私たちがこうして支援を続けることができるのも、YATCHと香緒里とここで会うことができるのも、そして私たちの国の人々を幸せにすることができるのも、全てはあなた方日本のみなさまの寄付と協力のおかげです。

この幸福を与えてくれるみなさまに、心から「ありがとう」と伝えたいです。

サラマッド

親愛なるみなさまへ。こんにちは(日本語で)。イラクの人々への心遣いに、私も心からありがとうと伝えたいです。

イラク攻撃が始まってからほぼ5年が経ってしまいましたが、あの時から、日本のみなさまはイラクの人々への心遣いと支援を休まず続けてくれています。

みなさまが支えているすべての子どもたちのために、シュクラン(ありがとう)。一緒に永遠の平和を祈って。

アマラ

2008/1/15 火曜日

雪降りのイラク、その寒さとあたたかさ

Filed under: イラクの友より — Kaori @ 23:27:24

先日11日イラクに百年ぶりの降雪、というニュースが報じられました。
真白の雪に希望の光を読みとるのはロマンチックですが、
状況をかんがみるとやはり少し心配になり、
バグダード在住の友にメールで尋ねてみました。

「そう、本当に降ったよ。だけどバグダードは日本とは違うからね。
バグダードの人々は降雪のしあわせに満ちたのだけれど、
ここには水もなけりゃ、電気もなし、十分な暖房機器もない、
それに調理用のガスだってべらぼうに高いんだ。(以下略)」

このとてつもなく寒い冬を無事に過ごせるよう、
この友は幾つかの貧しい家庭に毛布などを贈ったそうです。

バグダード郊外に住む別の友からの初冬のメールでは…。
かれの家族は、不足する燃料をまかなうべく、
近所でオクラの根っこを掘っていたそうです。
農耕地でもない道路沿いのかたい土の上で、
スカーフをまとった愛らしく幼い娘さんが
土いじりをする写真が添えられていました。

厳しい状況下、どうか越冬できますように。
この純白の雪が(多くの報道にあるように)平和の兆しであることを
願ってやみません。

手水鉢
*元日の京の手水鉢(ちょうずばち)に、フィルムのように薄い氷。
また別の友によると、冷え込むバグダードも水たまりが氷るそう。

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